ラベル ことば の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ことば の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012/03/10

それぞれの思い

去年、震災後の記事です。
心が揺さぶられましたので紹介させて下さい。



       人を笑顔にする仕事を        滝沢 直己

  高層ビルの中層階で仮縫い中、一瞬めまいか?と感じた。それが東日本大震災の瞬間だった。ビルの外へ出るための狭い避難用階段で再び大きな余震を感じた時、被害が最小であることを祈りながら様々な思いが浮かんだ。 
 大自然の力の前に人間は無力だった。しかし、再生の時に集結される人の創造の力には限りがない。その時、自分はどんな役割を果たすことができるか。今、日本人全員が思っていることだろう。 
 先輩方は日本のものづくりの環境が整っていない時代の中、今を築き上げてこられた。最近、現場から、気がつけば言い訳と嘆きの言葉ばかりが聞こえる。自分自身もつい愚痴る。つくづく甘いと思う。クリエーターが楽なものづくりの環境を求め、相手から歩み寄ってくることを期待するような気持ちでは再生の道は 遠い。 
 厳しい状況におかれた時こそ出てくるアイデアもある。以前海外の記者から「あなたの服はどんな人たちのために作っているの?」と質問された。 
「世界の都 市で生活している人」と答えた。 
すると「都市以外にも、様々な環境に住む人々が地球に住んでいます。なぜより多くの人たちのために服をつくろうとしないの ですか?」。その問いに答えられなかった時のことを今も鮮明に覚えている。 
 私の師である三宅一生氏はデザインを通じて人々に笑顔を、そして生活をよりよくしたいという思いで、日本のものづくりの環境を切り開いてこられている。 覚悟なくしてできる仕事ではないと思う。この欄で2年間書かせていただいたことも、三宅氏からの学びなくして得られた視点ではない。 
 これからの時代がどんなに厳しい環境になろうと、先輩たちが築いた今日をさらに前に進め、多くの人の生活を豊かに、そして笑顔にする仕事をしていくという覚悟ができているか? 自分に問う。
 
  これから、『天国へぶっ放せ!』の中継を観ます。
   http://www.ustream.tv/channel/hobonichi-live 

  雪が凄そうですが、天国に届くことを願います。



2012/02/23

思いを伝える

大宮エリー「思いを伝えるということ」展 に行ってきました。

エリーさんのコメント

最近、雑誌でこういう依頼が重なりました。

「人に何かを伝えるということが怖かったり苦手意識に苦しんでいる人が多いので、
その方にコミュニケーションのしかたを教えてください」

驚きました。
こんなに今、コミュニケーションに悩んでるなんて。

私だって、伝えられなくて、もどかしくて、臆病で、嫌になって、そんな経験があるから思うんですが、
伝えないと、ゼロになっちゃうと思うのです。
 
言わないと、なかったことになっちゃう。
ありがとう、ってすごく思っていても、それを伝えようとすることから逃げると、
私のありがとうという気持ちが、存在しない事になっちゃう。
そう思うと、そちらのほうが恐ろしくて、だから、勇気をだして伝えるのです。
たとえ、伝わらなくても。伝えようという努力をするというか。
 
だから、上手く伝えようとしない、ってことだと思うのです。
ありがとうをうまく伝えるにはどうしたら、と考えるから自信がなくなるわけで、
シンプルに、ありがとうをたくさん言う方が伝わるんじゃないかな、と思うんです。

ありがとうを、10回。
それでいい。
 


そういうことを、展覧会で表現できないかなと思いました。
思いを伝えるということが、どういうことなのか、
そのイメージ、感覚を味わってもらい、楽しんでもらい、今一度体験してもらう。
 
思いを伝えるということがどんなに心細く、時として勇気がいることであっても、 
そのことの高揚感、伝わったときの達成感、伝えようとする行為の生き生きとした躍動感、 
感動、伝わったときの言いようの無い切なく、奇跡的な感じを思い出してもらえれば、
きっと、この展覧会をあとにしたとき、そのひとは大切なひとに電話したくなったり、ご無沙汰してしまっているひとにお手紙を書きたくなる。

そんなふうに、なったらいいなと、思っています。

*********




壁に、思いがちりばめられた言葉が並んでいます。
改めて言葉の持つ力を実感しました。

扉を開けてみると違う世界が広がっていて、そこには暖かい空間がありました。


布に書かれたメッセージ






「思いを伝える」ことで、自分を知ることができる。
もしかしたら、そうすることでしか自分を知ることができないのかもしれない。
その気持ちを受け入れられなかったとしても、
湧き出た感情を確認できただけで、何かが動きだすんですね。きっと。

”聞いてくれる人がいるから、話すことができる”って言葉を思い出しました。
相手がいてこそなんですよね〜
やっぱり、人間っておもしろい!


2012/01/11

成人の日

 成人の日に       谷川俊太郎

人間とは常に人間になりつつある存在だ

かつて教えられたその言葉が

しこりのように胸の奥に残っている

成人とは人に成ること もしそうなら

私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない

人間は何かを知りつくしているものもいない

だからみな問いかけるのだ

人間とはいったい何かを

そしてみな答えているのだ その問いに

毎日のささやかな行動で


人は人を傷つける 人は人を慰める

人は人を怖れ 人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか

子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな

おとなは一生大きな子ども


どんな美しい記念の晴着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

でき上がったどんな権威にもしばられず

流れ動く多数の意見にまどわされず

とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

それこそがおとなの始まり

永遠に終わらないおとなへの出発点

人間が人間になりつづけるための

苦しみと喜びの方法論だ
 





******

大人になるってどういうことなんだろう?って
考えたことがあった。
自立すること。自分の感情をコントロールできることが
大人なのかなーと。
この詩を読むと私の考えは吹っ飛び、ただ、「うん、うん」と
頷くことしかできません。